2026年秋、クラウドファンディングを開始します

2026年秋、クラウド
ファンディングを開始します

目指したのはカルタラの街。

持って出たのは、ビニール袋に入れた数枚の服だけ。カバンもお金も、行くあてもありませんでした。

毎日、毎日、食べるものもなく、電気もない土の家で、ただ生きるのに精一杯で、自分が将来どうなるのか、何も見えなかった。

それでも何もしなかったら何も変わらない。そう思ったら、勝手に身体が動いていた。脱出したかった。死にたくない。ただそれだけだった。

ようやく辿り着いたカルタラの街には誰も知っている人はいない。

何のあてもなく飛び出したけど、「これからどうしよう・・・」とボンヤリ思いながら、路上に寝泊まりしていた私に、一人の男性が声をかけてきました。身なりのきちんとした、50歳くらいの男の人でした。

路上でひとしきり話をした後、その男の人は、私を、彼の家に招き入れてくれました。今時そんな映画のワンシーンのような話があるのか? と言われそうですが、本当の話です。

あとで知ったことですが、彼の一族は代々銀行を営む、その土地では名の知れた家でした。

「ここでずっと寝泊まりしていいし、食事もある。学校に行きなさい。」

あの時、ものすごくお腹が空いてフラフラになりながら、路上で途方に暮れていた、まさにホームレス状態から、一気に

屋根の下で眠れる、食べるものがある…という私の中では、今まで体験したことがなかった安心・安全の環境が手に入りました。

心の底から安堵して、『これは夢なのか…?』 そんな気持ちになった瞬間を私は30年経つ今も鮮明に覚えています。

私は、予想もしていなかったチャンスを与えられて、夢中で勉強して、大学まで進み、海外でも学び資格を取り、就職、起業と、村で暮らしていたら考えられなかった人生を今まさに歩いています。

あの時、彼が私に「前へ進める環境」を与えてくれなかったら、今の私は間違いなくいなかった。

だから、その恩をいつか必ず何かの形で返したい。そう思って生きてきました。

でも、私を救ってくれたその人は「私には何も返す必要などない」そう言っていました。

実際に、スリランカを出てから、恩師に直接恩返しらしいことができたのは、たった一度だけ。彼がガン宣告を受けた時です。

私は、飛んで帰って、短い時間でしたが、病院へ付き添ったり、医療費を負担したりとできることは何でもしました。

病室で、彼は私にこう言いました。
「昨日、君は誰なのかと聞かれたよ。だから答えたんだ。あれは私の息子だ、と。」

私自身も、本当の家族以上に、この人を父のように慕っていました。同じ想いでいてくれたことが、誇らしかった。

そんな恩師ですが、その後まもなく、他界してしまいました。もう今となっては、彼へ直接、恩を返すことは叶わない状況になってしまいました。

ただ、恩師は亡くなってしまったけれど、海外で生活しながら、いつも故郷を想っていました。ずっと変わらない故郷の心配もしていました。

まだまだ返し足りない分、故郷のために私にできることはないのか?
そう問いかけ、試行錯誤しながらの30年。

ついに、私が生まれ10代まで育ったスリランカ・カルタラに、農業を学べる場所、地域に仕事を生み出す場所、自然と文化を次の世代へ伝える場所をつくります。

それが、Kalutara Eco Farm & Heritage です。

このKalutara Eco Farm & Heritage
プロジェクトのために
クラウドファンディングを開催します。

このKalutara Eco Farm & Heritageプロジェクトのために
クラウドファンディングを
開催します。

これまで、故郷へのサポートは、何度か行ってきました。

路上生活をしていた私を救ってくれた人がいたように、私も故郷の親戚や村の人にお金を支援したり、家を建てる費用を手伝ったり、仕事に必要なものを買い与えたりしてきました。

ただ、こうした支援は、一瞬解決したように見え、本人たちもとても喜んでくれますが、1年も経つと、すっかり元の貧しい生活に戻ってしまい、生活水準は上がって行かないのです。

特に、わかりやすかったのは、魚を売って暮らす一人の男性の話です。
彼は何度も故障する古いバイクで、村を回って魚を売っていました。新しいバイクさえあれば、仕入れも売り先も広げられる。そう思って、私は約2,000ドルを出して新しいバイクを買いました。

数か月後に彼を訪ねると、乗っていたのは、あの古いバイクでした。目の前の生活のために、売ってしまったのです。

最初は驚きましたが、考えるうちに気づきました。問題は、バイクが古いことではなかった。

・収入が不安定なこと。
・急な出費に耐える余裕がないこと。
・お金を管理する仕組みがないこと。
・何かあったとき、立て直す選択肢がないこと。

ここが変わらないまま道具だけを渡しても、人はまた同じ場所に戻ってしまいます。

これは、彼個人の失敗ではありません。仕組みの側の問題です。

日本には、まったく違うやり方がありました。技術ややり方を、知っている世代が次の世代へ手渡していく。自分の手で収入を生み、その仕組みを自分で回せるようになる。

私が故郷に持ち帰りたいのは、これです。施しだけでなく、知識を。一度きりの援助だけでなく、暮らしを立て直す方法を。

エコファームとヘリテージのワークショップは、そのために作ります。手に職がつき、安定した収入が生まれ、若い人たちが故郷を離れずに、自分の力で未来をつくれる場所にするために。

スリランカ南西部、カルタラ。水と緑に恵まれた、私が生まれ育った土地です。ここに3つの場所をつくります。

①農園

オレンジ、ジャックフルーツ、シナモン。収穫までの期間が短く、早く収益につながる品種を選んで、有機で育てます。ここで働く人が、働きながら栽培のやり方をそのまま覚えられる場所にします。

②工芸品制作体験ワークショップ

ゴムの樹液を採る、ココナッツの繊維でロープを編む、陶器を焼く、シナモンの皮をむく、仮面を彫る。村の年長者が当たり前にやってきた手仕事を、今度は教える側に立って渡してもらいます。技術が仕事になり、その仕事が次の世代へ渡っていく。日本で見たあの光景を、ここで作ります。

③暮らしのなかに入っていく体験

田植えと稲刈り、水辺をボートで渡る時間。観光地としてのスリランカではなく、人が暮らしている場所としてのスリランカを、実際に手を動かしながら過ごしていただけます。

ここから生まれてほしいのは、
建物や作物だけではありません。

収入の選択肢が増えること

短期作物、果樹、地域産品、ワークショップ、訪問者向けの学習プログラム。一つに頼らず、小さな収入をいくつも重ねます。

「村を出るしかない」以外の道ができること

基盤が整ってから、地域の人を少人数ずつ迎えて研修します。働く人、教える人、運営する人を育てます。村を出るか残るか、どちらも自分で選べる状態に近づけます。

農業を続けながら、自然が残ること

土壌保全、雨水利用、植樹、生物多様性、自然農法。特別なイベントではなく、日々の農園運営そのものに組み込みます。

知識が次の世代へ渡ること

カルタラには、すでに知っている人たちがいます。必要なのは、その人たちが「教える側」になれる場所です。文章で保存するのではなく、人が人へ教えることで残します。

設備は現代的に、体験は昔のままに。
それがこのプロジェクトの考え方です。

貧しい村を見に行くのでも、時代に取り残された
農場を眺めるのでもありません。

完成すれば、あなたが訪ねてこられる場所になります。

その最初のお知らせを、LINEでお送りします。

設備は現代的に、体験は昔のままに。
それがこのプロジェクトの考え方です。

貧しい村を見に行くのでも、
時代に取り残された農場を
眺めるのでもありません。

完成すれば、あなたが訪ねてこられる
場所になります。

その最初のお知らせを、
LINEでお送りします。

答えははっきりしています。
私がつくろうとしているものを、私は日本で教わったからです。

日本に来て15年以上。子どもと地域のワークショップに行くと、米の育て方、野菜づくり、餅つき、箸づくりを、大人が子どもに教えています。

心に残ったのは、教えている内容よりも、誰が教えているかでした。知っている世代が、自分の手で、次の世代へ渡している。

森では、子どもが見つけた虫について、大人がその働きを話して聞かせます。

私が育った村では、虫も蜂も蛇も、まず「危険なもの」でした。遠ざけるものであって、知るものではありませんでした。

自然を守ること、地域の技術を次の世代へ渡すこと、それを仕組みとして続けること。この3つを、私は日本の日常の中で学びました。

カルタラにも知識はあります。ゴムの採り方、ココナッツの使い方、昔から続く手仕事。足りないのは、それを渡す場所のほうです。

できることは、先に自分でやってきました。土地はすでに確保し、日本には運営会社を設立し、現地では試験栽培を始めています。それでも、一人ではつくれないものが残りました。人が集まり、学び、仕事が生まれる場所です。

日本のみなさんには当たり前すぎて、価値に見えないかもしれません。でも、それが村を変えます。

この考え方をくれた国で、最初の一歩を踏み出したい。だから、日本での挑戦を選びました。

カルタラという村と、そこに暮らす人たちのことを知っていただけたなら、どうか力を貸してください。

エコファームとして
農業を行う予定の
場所の土地はすでに確保

日本サイドの運営会社設立

現地での試験栽培を開始。収穫までの期間が短く、
早く収益につながる品種を選んでいます

現地での試験栽培を開始。
収穫までの期間が短く、
早く収益につながる品種を
選んでいます

(オレンジ12本のほか、ジャックフルーツ、シナモンなど)

カルタラ県の農業行政から協力の意向

ベトナムの農業関係者と品種・栽培の情報交換

ベトナムの農業関係者と品種・
栽培の情報交換

はじめまして。ここまで読んでくださってありがとうございます。

私のストーリーを冒頭で読んでいただきましたが、私のように奇跡的な出会いを手に入れることができるのはめずらしいです。

村人のほとんどは、貧困層で将来の夢など持たず、選択肢を知らないまま、暮らして、その生涯を村で終えていきます。

助けがなかったら今の私はいないように、私も誰かの助けになりたい、可能な限りたくさんの人の助けになれる道はないかと模索する日々でした。

そして、たくさん失敗したからこそ、今回のプロジェクトは慎重に、でも大きなゴールを掲げて進めています。

水や緑豊かな私の故郷は、農業をやるのに恵まれた土壌はすでにあります。ここに日本人の知恵と当たり前に行っている仕組みを合わせて、経済を回るようにし、村人が豊かになれる場所にしていくプロジェクトです。

どうか、あなたもこのプロジェクトにできるカタチでご参加ください。

これからスタートするKalutara Eco Farm & Heritageプロジェクトを一緒に応援、見守り、そして、完成とその後の運営まで長きに渡って、育てて行けるのを楽しみにしています。

スリランカ・カルタラ県出身。日本在住15年以上。
現在は東京に暮らし、日本の永住権所持。
日本人の妻と子ども2人と4人暮らし。

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クラウドファンディング開始日を
いちばん最初にお知らせします

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スリランカ・カルタラ周辺ガイド

穴場・ビーチ・地元の食堂など

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日本でできるスリランカ料理レシピ

食材11種の使い方と、基本のレシピ3品

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